独特な存在感と高い演技力で多くのファンを魅了する古田新太さん。
劇団☆新感線の看板俳優として知られていますが、実は小学生の頃から舞台への憧れを抱き、高校・大学時代には演劇やダンスを本格的に学んでいました。
また、漫画やロック音楽が大好きだったことでも知られ、その経験が現在の独創的な表現力につながっているとも言われています。
この記事では、古田新太さんの小学校・中学校・高校・大学の学歴や学生時代のエピソード、俳優を目指すきっかけまで詳しく紹介します。

古田新太の学歴一覧
| 学歴 | 学校名 |
|---|---|
| 小学校 | 神戸市垂水区内の公立小学校(校名は公表されていません) |
| 中学校 | 神戸市立福田中学校 |
| 高校 | 兵庫県立伊川谷高等学校 |
| 大学 | 大阪芸術大学芸術学部舞台芸術学科ミュージカルコース(除籍) |
それでは、それぞれの学生時代を詳しく見ていきましょう。
古田新太の小学校時代|舞台との運命的な出会い
古田新太さんが通っていた小学校名は公表されていません。

出身地が兵庫県神戸市垂水区であることから、地元の公立小学校へ通っていたと考えられています。
柔道に打ち込み体力を養った少年時代
小学生時代は柔道を習っており、幼い頃から運動神経は良かったそうです。
現在でも舞台で激しいアクションをこなせる理由の一つは、この頃に培った基礎体力があったからかもしれません。

舞台俳優は長時間動き続けるため体力が欠かせません。子どもの頃の経験は現在の俳優人生にも大きく役立っているのでしょう。
ロック音楽との出会い
古田新太さんは、小学生の頃から洋楽ロックにも夢中になりました。
近所のタバコ屋のお姉さんの影響で、クイーンやエアロスミスなど海外ロックを聴くようになり、その世界観に強く惹かれていったそうです。

独特なファッションや自由な表現スタイルも、この頃に影響を受けたと言われています。
漫画家にも憧れていた
意外にも古田新太さんは俳優だけでなく漫画家にも憧れていました。
特に赤塚不二夫さんの作品が大好きで、漫画を読むことが日課だったそうです。

後に漫画研究会へ所属したり、漫画関係の仕事に関わることになるなど、この頃から漫画文化に親しんでいました。
小学5年生で劇団四季に衝撃を受ける
古田新太さんの人生を変えた出来事が、小学5年生の学校行事でした。
劇団四季のミュージカル「ふたりのロッテ」を鑑賞し、「舞台なら何にでもなれる」ということに衝撃を受けます。
漫画家、プロレスラー、ロックスターなど様々な夢を持っていた少年にとって、俳優という職業は全てを表現できる仕事だったのです。

この体験が、後の舞台俳優・古田新太誕生の原点となりました。
古田新太の中学校時代|演劇部はなかったが夢は諦めなかった
古田新太さんは神戸市立福田中学校へ進学しました。

演劇部へ入りたいという思いがありましたが、残念ながら学校には演劇部がありませんでした。
バレーボール部で県選抜に選ばれる実力
そこで入部したのがバレーボール部です。
運動能力は非常に高く、県の選抜メンバーに選ばれるほどの実力だったと言われています。
現在のイメージからは意外ですが、学生時代はスポーツにも本気で取り組んでいました。
生徒会副会長として学校を支える
さらに生徒会副会長も務めるなど、多忙な学校生活を送っていました。
人前に立つことや人をまとめる経験は、俳優として舞台に立つ現在にも活かされているのではないでしょうか。
体育館でミュージカルを自主公演
演劇部がなくても舞台への夢は消えませんでした。
体育館を借り、「太った殿様」という民話劇を自ら企画して上演したそうです。
この頃から笑いを取り入れた演出が好きだったと言われており、現在の古田新太さんらしい作風の原点を見ることができます。

古田新太の高校時代|演劇部で才能が一気に開花
高校は兵庫県立伊川谷高等学校へ進学しました。
ようやく念願だった演劇部へ入部し、本格的に舞台の世界へ足を踏み入れます。
木下順二作「夕鶴」への出演など、多くの舞台経験を積みながら演技力を磨いていきました。
さらにミュージカル俳優を目指し、クラシックバレエやジャズダンス、タップダンス、格闘技まで学び始めます。

この頃に身につけたダンス技術は、その後出演したNHK連続テレビ小説「あまちゃん」でも高く評価されました。
高校時代はバンド・生徒会・漫画研究会でも活躍
古田新太さんの高校生活は演劇だけではありませんでした。
バンドを2つ掛け持ちしながらライブ活動も行い、生徒会活動やバレーボール部の助っ人、さらにはコントユニットまで結成するなど、多彩な学生生活を送っていました。
さらに漫画研究会にも所属しており、漫画・音楽・舞台という現在の古田新太さんを形作る趣味や才能は、この頃にほぼ完成していたと言えるでしょう。

忙しい毎日を送りながらも、好きなことには全力で挑戦する姿勢は現在も変わっていません。
高校時代にテレビ出演も経験
高校生の頃には、NHK教育テレビ(現在のEテレ)の若者向け番組「YOU」に出演した経験があります。
漫画好きの高校生として出演しており、この頃から人前で表現することへの抵抗はほとんどなかったようです。
プロの俳優になる前からテレビ出演を経験していたことは、その後の芸能活動にも大きなプラスとなったのではないでしょうか。

古田新太の大学は大阪芸術大学!ミュージカルを本格的に学ぶ
高校卒業後は、大阪芸術大学芸術学部舞台芸術学科ミュージカルコースへ進学しました。
俳優や歌手、クリエイターを多数輩出している大学として知られ、実践的な授業が多いことでも有名です。
古田新太さんは高校時代から目標だったミュージカル俳優になるため、この大学を選択しました。

演技だけではなく、歌唱やダンス、舞台演出なども本格的に学び、現在の俳優人生の土台を築いていきます。
劇団「太陽族」に所属
大学時代には劇団「太陽族」に所属し、数多くの舞台を経験しました。
そこで出会った先輩・渡辺いっけいさんから誘われたことが、大きな転機となります。
その誘いによって出演したのが「劇団☆新感線」の舞台でした。
最初は一度だけ出演する予定だったそうですが、その演技力が高く評価され、そのまま劇団へ参加する機会が増えていきます。

この偶然の出会いが、現在まで続く俳優人生の始まりとなりました。
大学は中退ではなく除籍処分だった
古田新太さんは大阪芸術大学を卒業していません。
一般的には「中退」と紹介されることもありますが、正確には学費未納による除籍処分となっています。
本人もテレビやインタビューでこの出来事をユーモアを交えて語ることがあります。
大学3年頃から学費を納められない状況が続いていたものの、大学側の事務手続きの関係で卒業間近まで在籍していたそうです。
その後、正式に除籍となりました。

しかし、大学を離れたことで舞台活動へ本格的に専念するようになり、結果的には現在の成功につながりました。
学歴より経験を重視した俳優人生
大学は卒業できませんでしたが、その経験をマイナスとは考えていなかったようです。
実際に舞台へ立ちながら演技を学ぶことで、学校では得られない多くの経験を積み重ねました。
劇団☆新感線での活動を続ける中で演技力を磨き、テレビドラマや映画にも活躍の場を広げていきます。

まさに現場で育った俳優と言えるでしょう。
学生時代の経験が現在の古田新太につながっている
現在の古田新太さんを見ていると、学生時代の経験がすべて活かされていることが分かります。
- 柔道で身につけた体力
- バレーボールで鍛えた運動能力
- 演劇部で培った演技力
- ダンスやバレエで身につけた身体表現
- ロック音楽から受けた表現力
- 漫画好きだからこその独特な感性

これらが組み合わさることで、現在の唯一無二の俳優・古田新太さんが誕生したのでしょう。
よくある質問
古田新太さんの出身高校は?
兵庫県立伊川谷高等学校です。高校時代は演劇部に所属し、本格的に舞台を学び始めました。
大学は卒業していますか?
大阪芸術大学へ進学しましたが、学費未納により除籍となっています。
劇団☆新感線へ入ったきっかけは?
大学時代に所属していた劇団「太陽族」で活動していた際、先輩の渡辺いっけいさんから誘われたことがきっかけです。
学生時代から俳優を目指していた?
小学5年生で劇団四季のミュージカルを鑑賞したことをきっかけに、舞台俳優を志すようになりました。
まとめ
出典:https://www.jprime.jp/articles/-/23420?display=b
古田新太さんは、小学生の頃にミュージカルへ魅了されたことをきっかけに俳優への道を歩み始めました。
中学校では演劇部がなくても自主的に舞台を企画し、高校では演劇・音楽・漫画など幅広い活動に打ち込みます。
大学では本格的に舞台芸術を学び、劇団☆新感線との運命的な出会いによって現在の俳優人生がスタートしました。
大学は除籍となりましたが、現場で積み重ねた経験が現在の圧倒的な演技力につながっています。
コミカルな役からシリアスな悪役まで自在に演じられる背景には、学生時代から積み重ねてきた努力と経験がありました。
これからも舞台・ドラマ・映画で、古田新太さんならではの唯一無二の演技を見せてくれることでしょう。








